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世界の人々が知るべき悲惨な歴史 ポルポト政権が犯した許されない過ち

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こんにちは。

ベトナムホーチミンからバスで国境を越え、カンボジアプノンペンにやってきました。

カンボジアの国境を越えるときに、入国審査官に賄賂を要求されるとネットで書いてあったけど、そんな事は一切なかった。

むしろロクな入国審査すらされなかった。

俺が予約したバス会社が最強すぎるのか分からんが、運転手が乗客全員のパスポートを集めて入国審査官に渡して、審査官はパスポートだけをパラパラとチェックする。

その後は荷物検査も一人一人行うはずの質疑応答も一切なく、乗客全員でゲートをくぐった。

観光客からすればこれほどスムーズに進む入国審査はとても嬉しいが、カンボジア政府的にこれで大丈夫なのだろうか。

この状態だと、怪しい奴らがカンボジアに入り放題じゃないか?

 

そんな事を考えながら、やる気のない免税店でスニッカーズを買い、再びバスに乗車。

あっという間にプノンペンに着いた。

 

プノンペンで何日か観光もせずダラダラと過ごしていたが、いよいよ退屈になり観光地を調べる。

するとトゥール・スレン虐殺犯罪博物館という所に目が留まる。

あまり下調べをせずに行ったが、そこで俺は今回の旅の中で一番の衝撃を受ける。

この博物館はカンボジアポルポト政権の時に市民を大量虐殺した場所だ。

各部屋には当時拷問に使われた拘束具や収容されていた方達の写真、中には拷問の時についたであろう血のりがまだ生々しく残っている部屋もある。

 

そもそもポルポト政権は、約40年前のここカンボジアで何をしようとしたのか。

それは「原始共産主義社会」という夢物語だった。

ポルポトは全ての国民を平等にするため貨幣などを廃止し、都市に住む人々を農村地帯に強制移住させ、農業をやらせた。

しかし畑を耕す時に必要なクワやスコップは資本主義の象徴とし、それらを使う事を禁止した。

つまり国民は素手で畑を耕さないといけなかった。

もちろんそんな重労働を毎日休むことなく強いられれば体がもつはずがない。

国民は次々に過労、栄養失調、飢餓などで倒れていった。

これらの惨状を目の当たりにしたポルポトだったが、驚くことにまだ自分の判断は間違っていないと言い張る。

こんな酷い状況になったのはカンボジアにスパイがいるからだとし、医師や教師などの自分よりも頭が良いと思われる人を全て疑い、虐殺した。

挙句の果てには、眼鏡を掛けている、本を読んでいるという理由だけで殺した例もあったそうだ。

村人同士は密告を恐れ、お互いに疑いあい、ロクなことは話せない。

つまりカンボジア全土が超監視体制の強制収容所と化していたのだ。

そして最後は「資本主義の垢にまみれていないから」というだけの理由で成人していない子供を重要視し、子供医師や少年兵を作った。

今現在のカンボジア高齢者がほとんどいなく、若者が多いのはそういう理由だろう。

 

俺はこんな大事件を何故今まで知らなかったのだろう。

つい40年前に起きた事なのにだ。

自分の無知さに腹が立った。

日本に帰って色んな人に話したが、知っている人はほとんどいなかった。

何故アウシュビッツ強制収容所は知っていて、日本に近いアジアの国で起きたこんなにも悲惨な事件を知らない人がまだ多いのだろう。

もの凄く憤りを感じた。

この事件は教科書に載せるべきだろう。

テレビで伝えるべきだろう。

そして世界中の人々が知るべき事だろう。

二度とこんな悲惨な歴史を繰り返さないために。

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