暇なら旅に出よう

旅とか日々感じたことを。

東日本大震災の被災地に、私はもっと早く行くべきだった。

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こんにちは。

私は2016年に東日本を旅していました。

今回は、その旅で仙台に行ったときのお話です。

仙台自体は初めてで、青葉まつりを楽しんだり、牛タンを食べたりと、大満足の旅行をしていました。

いよいよ仙台を離れ、次の岩手を目指そうとしていた朝、仙台で泊まっていたゲストハウスの女将さんにこう言われました。

「被災地にはいかれましたか?」と。

正直言うと、東日本大震災が発生してから5年経ったが、未だに被災地には行ったことがない。

「まだ行っていないです」と女将さんに言うと、震災当時のことを沢山話してくれた。

ニュースなんかじゃ聞けない、実際に地元の人が体験した、生の声を聞けた。

話の途中、女将さんは涙ぐんでいた。

それが、あまりに印象的だったので、急遽被災地に向かうことにした。

 

向かったのは「石巻

電車から降りると、石ノ森章太郎さんが描いた漫画「サイボーグ009」のキャラクターが出迎えてくれた。

駅には学生がちらほらいる。

とりあえず街を歩き、海沿いを目指すことにした。

途中、お腹が空いたので、おにぎり屋さんに入っておにぎりを買った。

そこの店主と話すと、このお店も津波にさらされ、一階にある店舗は水浸しになったそうだ。

そのときは店主も津波に流されたが、なんとか電柱にしがみつき、難を逃れたらしい。

話だけでも、東日本大震災がいかに過酷なものだったかが伝わってきた。

店主にお礼を言い、再び海沿いを目指す。

近づいてくると、徐々に建物が少なくなっていく。

そして建物の土台だけが残った土地が増えてくる。

そして、まっさらな更地が私の目の前に、姿を現した。

正直、最初にその更地を歩いていた時は、ここに街があったなんて気が付かなかった。

しかし、その更地に一つだけ残された、小学校を見てすべてを理解した。

かつてここには街があったんだ。

そしてそれは津波に全部持って行かれてしまった。

言葉を失った。

津波にさらされたボロボロの小学校。

ここには元気に走り回る小学生がいたはずだった。

でも今はもういない。

小学校を過ぎ、さらに歩を進める。

遠くに一つの看板が見える。

そこを目指して歩いていると、一瞬だけ肩が「ズンッ」と重くなった。

そして涙がボロボロとでてくる。

看板まで、あと5メートルのところだった。

その時は本当に自分の涙の理由がわからなかった。

とにかくこぼれ出てくる涙が止まらない。

更地の中にポツンと置かれた看板に着くと、こう書かれていた。

「がんばろう石巻

ここで苦しみ、死んでしまった人が大勢いた。

その事実を震災後の5年目にして、初めて突きつけられた気がした。

きっと私はここに来るまで、どこか他人事だったのだろう。

同じ国の人間が困っているときに、俺はのんきにテレビを見ていたのだ。

私は5年間、東日本大震災から目をそらしていたのだ。

この時ほど自分を恥じたことは無かった。

「もっと早く来るべきだった」

心の底からそう思った。

看板の近くには一冊のノートが置いてあり、そこにはここを訪れた方たちのメッセージが書いてあった。

私はそのノートに謝罪の言葉しか書けなかった。

 

またこの場所に来よう。

そして、今日感じたこの感情を一人でも多くの人に伝えよう。

そう思う旅だった。